大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)60号 判決

被告人 銅家富作

〔抄 録〕

原判決の認定した事実は論旨摘録のとおりであつて、右事実によると原判決は、被告人が原判示日時、京王帝都電鉄の上り新宿行電車(二輛編成)を千歳烏山駅に向つて運転し、原判示烏山一号踏切の手前約百十米の地点に時速約四十五粁で差しかかつた際、同踏切の約三十米先にある千歳烏山駅を下り電車が発車し、同踏切の手前でこれと交換になることが予想されたが、同踏切はいわゆる第四種踏切であつて、自動警報機、遮断機等の保安設備がなく、通行人が何時下り電車の通過後、被告人の運転する上り電車に気付かないで踏切道に立ち入るかも図り難く、且つ同踏切通過後は直ちに前記烏山駅に停車しなければならないから、かような場合被告人としては直ちに注意警笛を吹鳴するは勿論、踏切道の左右より軌道に立ち入る者があるかどうかを注視し、対向電車の通過後その後方より何時踏切横断者が現われても、これに応じ踏切の手前で停車できる程度に減速して進行すべき注意務義がある旨判示しているのに対し、論旨はかかる場合に電車運転士として自己の運転する電車を原判示のように減速徐行せしむべき注意義務はないと主張する。そこで所論注意義務の要否について考按するに、本件のように電車線路と人道との交叉する第四種踏切において、通行人と電車とが衝突する虞れある場合には、むしろ通行人が線路の外側で電車の進行を待避し、その通過し終るのを待つて線路内に立ち入るべきものであり、電車の運転士としては何時でも電車を停止せしめて事故を未然に防止し得る程度に速力を低減徐行することを要するものではない。けだし、専用軌道のある電車は、高速度で一定の軌道上を疾走する公許の交通機関であり、且つ所定の発着時刻をたがえぬよう各駅間の所要運転時間の正確を期さなければならない(地方鉄道運転規則第六十条)ので、進行中の電車の前面において通行人が線路を横断するに因つて生ずる衝突の危険を予防すべき責任は、主として通行人にあるものというべく、然らざれば前示のような電車の本来的機能を達成し得ないからである。もつとも電車運転士として踏切道の左右から軌道に立ち入る者がないかどうかを常に注視すべきは勿論であつて、もし通行人との衝突の危険を発生すべき虞れある特別の事情、例えば踏切附近にある通行人の姿勢、態度等から推して電車の進行に介意せず、漫然線路を横断しようとするような状況が予め看取される場合には、直ちに踏切手前で停車し得るよう電車の速力を低減し、またはその進行を停止して危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があることは当然であるけれども、本件においては右のような特別事情の存在を窺うべき証左はないし、被告人は原判示の如く千歳烏山駅を下り電車が発車したのを認め、原判示踏切の手前で自己運転電車と交換になることを察知し、原審証人本多昌一及び当審証人岩崎茂の各供述によるも、かかる場合敢て減速の要はない(烏山駅に停車するための制動として必要ないことは勿論、事故防止のためにも)のであるが、被告人は特に万全を期して注意警笛を吹鳴すると共に時速を二十二、三粁に減じたうえ、同踏切の手前約二十三米の地点において突如同踏切道路上に現われた被害者岩本春江を発見するや、直ちに非常警笛の吹鳴と非常制動の措置を執つたにかかわらず、制動距離の関係上遂に接触を避け得られなかつたものであることが記録上明白であるに徴すれば、当時被告人が電車運転士として執つた措置に非議すべき廉あることを認め難いので、結局本件においては被害者岩本春江の原判示傷害が、被告人の業務上の過失に因るものであることを首肯するに足る証拠がないものと断ぜざるを得ない。して見れば原審が本件を有罪と判定したのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認を冒したものというべく、論旨は理由があり、原判決は破棄せざるを得ない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書に則り原判決を破棄し、更に当裁判所自ら判決することとする。

本件公訴事実は、被告人は京王帝都電鉄株式会社の電車運転士なるところ、昭和二十九年四月十七日午後三時七分頃上り新宿行各駅停車第七七〇電車(二輛編成)を千歳烏山駅に向い運転し、東京都世田谷区烏山町七百六十四番地先京王線烏山一号踏切の手前約百十米の地点に時速四十五粁位で差しかかつた際、同踏切の約三十米先にある千歳烏山駅を下り電車が発車したのを認め、同踏切の手前で両者が交換になることを察知したが、同踏切はいわゆる第四種踏切で自動警報機、遮断機等の保安設備がなく、通行人が何時下り電車の通過後被告人の上り電車に気付かないで踏切道に立ち入るかも図り難く、且つ同踏切通過後は直ちに前記烏山駅に停車しなければならないから、かような場合被告人としては直ちに注意警笛を吹鳴するは勿論、踏切道の左右より軌道に立ち入る者があるかどうかをよく注意し、駅に停車するための制動を兼ね、対向電車の通過後その後方より何時踏切横断者が現われても、これに応じ踏切の手前で停止できる程度に減速して進行すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、不注意にも注意警笛は吹鳴したが時速二十二、三粁に減速したのみで漫然進行した過失により、同踏切の手前約二十三米の地点に差しかかつた際、まさに交換せんとする対向電車の背後より岩本春江(当五年)が左方に横断しようと踏切道に駈け込んだのを発見し、非常警笛を吹鳴して非常制動をかけたが間に合わず、電車右前部を同女に接触させ、右下腿部を右前輪で轢断し、因つて同女に対し全治約二カ月を要する傷害を負わせたものである、というのであるが、前段説示の理由により右被害者の傷害が、被告人の業務上過失に基因するものであることを認むべき証拠が充分でないから、刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条に則り主文のとおり判決する。

(谷中 坂間 荒川)

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